「健康」と聞くと、
病気がないこと。
検査の数字がすべて正常であること。
薬を飲んでいないこと。
そんな状態を思い浮かべるかもしれません。
でも、長い人生の中で、病気や体の変化とまったく無縁でいることは簡単ではありません。
大切なのは、病気があるかないかだけではなく、
「今の自分の体と、どう付き合っていくか」
だと院長は考えています。
「無病息災」から「一病息災」へ
「無病息災」という言葉があります。
病気がなく、元気に過ごすこと。
もちろん理想的です。
一方、院長は以前から「一病息災」という考え方を大切にしています。
病気になったことを、人生の終わりのように考えるのではなく、
「自分の体を見直すきっかけを一つ得た」
と捉えてみる。
一つの病気と上手に付き合うことをきっかけに、薬、運動、食事、睡眠、ストレスなど、体全体へ目を向けていく。
それが「一病息災」というイメージです。
病気があっても、健康に生きることはできる
病気があることと、毎日を健康に生きられないことは同じではありません。
必要な治療を受けながら、
- やりたいことができる
- 自分で動ける
- 人とのつながりを持てる
- 自分らしい生活を続けられる
ことも、健康を考えるうえで大切です。
年齢を重ねれば、体力や病気、生活環境は変わります。
若い頃とまったく同じ状態を保つことではなく、その時の自分に合わせて「できること」を調整しながら続けていく。
そんな健康の形があってよいと思います。
医療と日々の生活は、どちらも体を支える
慢性の病気がある方にとって、診察、検査、薬物治療など必要な医療は大切です。
体内イメージや生活習慣が、その代わりになるわけではありません。
一方、薬だけで毎日の生活すべてが決まるわけでもありません。
運動、食事、睡眠、ストレスとの付き合い方、人とのつながりなども、長い時間の中で体を支える要素です。
必要な医療を続けながら、日々の生活でも自分の体を支えていく。
この両方を大切にします。
体内イメージを「一生モノの羅針盤」に
この「体内イメージ」のページでは、
- 炎症の「ボヤ」
- 体の制御システムの「バグ」
- 筋肉という「製薬工場」
- 睡眠という「夜間の修理工事」
- 酸化と糖化の「サビとコゲ」
- 腸の「城壁と消火剤」
- ストレスの「脳内警備員と感情の天秤」
というイメージを見てきました。
覚えることが目的ではありません。
日々の生活で何かを選ぶ時に、
「今、自分の体の中では何が起きているだろう」
と思い浮かべる。
そして、
「今の自分の体には、何が必要だろう」
と考える。
体内イメージを、そんな「一生モノの羅針盤」として使っていくことを目指します。
一病息災
年齢・病状・生活の変化に合わせて調整
自分の体と長く付き合う
- 必要な医療
- 運動
- 食事
- 睡眠
- ストレスとの付き合い方
- 人とのつながり
体内イメージ=一生モノの羅針盤
完璧でなくても、また戻ればいい
毎日、すべてを完璧にすることはできません。
運動できない日もあります。
食べすぎる日もあります。
眠れない夜もあります。
心に余裕がない日もあります。
そこで、
「もうだめだ」
と考える必要はありません。
自分の体の中をもう一度思い浮かべて、できるところからまた戻る。
その繰り返しでよいのだと思います。
健康は、何か一つを達成して終わるものではありません。
変化する体と付き合いながら、長い時間をかけてつくっていくものです。
体内イメージについて
このページで使っている比喩は、体の仕組みを理解しやすくするために院長(前島圭佑)が著書でも用いているイメージ表現です。実際の体の仕組みはより複雑で、診断名や治療法を示すものではありません。
医学確認・医療情報について
- 執筆・医学的確認
- 前島圭佑
- 最終医学確認日
このページは一般的な患者向け医学情報です。個別の症状、検査結果、治療の必要性は患者さんごとに異なります。治療中の薬を、体内イメージや生活習慣を理由に自己判断で中止・減量・変更しないでください。
- ← 体内イメージ一覧へ
- 著書については「著書・研究・活動」へ