この連載では、『Dr.前島の膠原病論』で示した考え方を一つの出発点に、現在の医学から見直しながら記録していきます。標準的な診療指針や当院の個別の診療方針そのものを示すものではありません。内容は新しい知見により更新されることがあります。
医学生の皆さんは、膠原病の勉強をしていて、
「結局、これを全部覚えるの?」
と思ったことはないでしょうか。
SLEでは皮疹、関節炎、腎炎、血球減少、神経症状。
全身性強皮症では皮膚硬化、Raynaud現象、肺病変、腎病変。
血管炎では血管の太さを意識する必要があり、疾患によってはANCAも重要になります。
さらに、それぞれに特徴的な自己抗体や治療薬があります。
一つひとつの病気を別々に覚えようとすると、膠原病学は膨大な暗記科目に見えます。
では、実際の診療では、これらの知識をすべてばらばらに思い出しながら考えているのでしょうか。
少なくとも私は、そうではありません。
頭の中には、知識を置くための「地図」のようなものがあります。
「この所見は、ここにつながる」
「この患者さんの複数の症状は、一つの病態として説明できないか」
と考えながら、新しい知識をその地図の上に置いていきます。
その「頭の中の地図」を、医学生や研修医にも一度見える形にしてみたい。
それが『Dr.前島の膠原病論』を書いた理由の一つでした。
教科書の代わりではなく、「教科書の点をつなぐ」ための本
『Dr.前島の膠原病論』は、いわゆる教科書ではありません。
本書では、教科書を「第1レイヤー」、専門医ならではの考え方を「第2レイヤー」と表現しました。
教科書には、病態、症状、検査、診断、治療について、学ぶべき知識が「点」として並んでいます。
もちろん、教科書の中でも多くの点は線でつながっています。
ただ、膠原病学では、現在の医学でもすべてをきれいに説明できるわけではありません。
初学者から見ると、なおさら「なぜこの病気で、この症状が出るのか」「なぜこの検査をするのか」が、ばらばらの知識に見えやすくなります。
一方、臨床を続けていると、その点と点の間に、自分なりの線が少しずつ引かれていきます。
本書で紹介したのは、その線の一例です。
その線は、絶対的な真理ではありません。
別の専門医には、別の線の引き方があるかもしれません。
それでも、何も地図を持たずに大量の点を覚えるより、
いったん一つの地図を持ってから教科書を読む方が、
「この知識はどこに置けばよいのか」が分かりやすくなる。
これが、この本で伝えたかった学び方です。
「暗記しない本」ではありません
ここは大切なところです。
膠原病には、どうしても覚えなければならない知識があります。
特徴的な皮疹。
自己抗体。
診断上重要な組み合わせ。
治療で外せない知識。
これらをすべて理屈だけで導き出すことはできません。
本書でも、暗記作業そのものを否定していません。
むしろ、「何を優先して覚えるか」を意識することを勧めています。
私が伝えたいのは、
「全部を暗記しない。でも、全部を理屈で説明しようともしない。」
ということです。
理屈でつなげられるところまでつなぐ。
そのうえで、残った重要な知識を覚える。
この順番にすると、暗記は
「意味の分からない点を大量に覚える作業」から、
「地図の必要な場所に標識を置く作業」
へ少し変わります。
私自身、医学を学ぶときにはこの順番を大切にしています。
点を覚える前に、知識を置く「地図」をつくる
点
ばらばらの知識
- 皮疹
- 自己抗体
- 腎炎
- 関節炎
- 肺病変
- 治療薬
ばらばらに覚えると、量が多く見える
線
関係を考える
- 病態
- 臓器
- 免疫
理由やつながりを考えて、点を結ぶ
地図
全体像の中に置く
- 浅部/深部
- 病態
- 自己抗体
- 治療
新しい知識を置く場所が見えてくる
全部を暗記する前に、まず知識を置く「地図」をつくる
例えば、「浅部」と「深部」で臓器病変を整理してみる
本書で使った整理法の一つが、「浅部臓器」と「深部臓器」です。
皮膚・粘膜、関節・骨、眼、消化管などを浅部側に、
肺、腎臓、神経、心臓などを深部側に置いて、
膠原病で生じる多くの臓器病変を、一度大きな地図として眺めます。
これは正式な医学分類ではありません。
初学者が全体を俯瞰するために、私が使っている整理法です。
また、ここでいう「浅い・深い」は、単純な解剖学的位置だけを意味しません。
例えば唾液腺・涙腺は体表から近い臓器ですが、私は免疫学的には深部側に置いて考えています。
この整理を使うと、
「SLEでは腎病変」
「強皮症では肺病変」
と病名ごとに個別事項を覚えていく前に、
「この病気は、浅部の病変が中心なのか」
「深部臓器まで病変が及ぶのか」
という大きな枠組みを先に持つことができます。
本書ではさらに、浅部と深部の違いを、自然免疫と獲得免疫の相対的な関与とも関連づけて考えました。
もちろん、浅部=自然免疫、深部=獲得免疫ときれいに二分できるわけではありません。
本書でも、そのような単純な分類ではないことを明記しています。
それでも私は現在も、この浅部/深部という地図には学習上の価値があると考えています。
そして今は、分子標的薬がどの臓器病変に有効なのかといった新しい情報も手掛かりに、
この地図が免疫病態をどこまで反映しているのかを、あらためて検証しています。
大切なのは、
「この地図が絶対に正しい」と覚えることではなく、
一度大きな地図を持ってから、例外や新しい知識をそこに置いてみることです。
国試対策本として書いたわけではありません
『Dr.前島の膠原病論』は、医師国家試験の問題を解くためだけに書いた本ではありません。
ただ、国家試験の症例問題は、
「点を線でつなぐ」
「複数の所見を一つの病態として読む」
という練習には、とても使いやすい教材です。
国試で覚えた知識を、試験が終わったあとも臨床で使える形にしておく。
その意味で、この本の考え方と国家試験の症例問題は相性がよいと思っています。
医師国家試験の症例を「地図」に置いてみる
第115回医師国家試験D63では、日光過敏や頬部紅斑などの皮膚所見に加え、白血球減少、浮腫、蛋白尿、血尿、赤血球円柱、低補体などが提示され、最も考えられる診断を問われています。
正答はループス腎炎です。
もちろん、SLEに関する知識、尿所見、補体、自己抗体など、覚えておくべき知識は必要です。
しかし、この問題を
「SLEの所見を何個覚えていたか」
だけで解く必要はありません。
皮膚という浅部の病変だけでなく、腎臓という深部臓器まで病変が及んでいる。
皮膚、血液、腎臓と、一見ばらばらに見える所見を、
「一つの全身性病態が複数の臓器に現れている」
と考えてみる。
そうすると、症例全体の「形」が見えやすくなります。
医師国家試験で必要なのは、知識そのものだけではありません。
与えられた複数の情報を、
どの地図の上に置くか。
その練習も、症例問題を解く意味の一つだと思います。
症例問題を「地図」に置いて考える
1
所見を拾う
皮膚、血液、腎臓、血圧など
2
臓器・病態の地図に置く
ばらばらの所見を、全身像としてまとめる
3
候補を絞る
何の病態なら、この組み合わせを説明できるか考える
4
最後に必要な知識を使う
自己抗体や治療薬など、覚えておくべき知識で確かめる
推論か暗記か、ではなく――推論して、最後に暗記した知識を使う
理解したあとに、「最後は覚える」知識もある
もう一つ、第118回医師国家試験D60を見てみます。
冬季に手指が蒼白になる症状、手指腫脹、手指から前腕までの皮膚硬化がある患者さんに、
急激な血圧上昇と腎機能悪化が生じ、
血漿レニン活性高値、抗RNAポリメラーゼIII抗体陽性が示されています。
正答はACE阻害薬です。
この症例では、
Raynaud現象を示唆する手指蒼白
→ 皮膚硬化
→ 全身性強皮症
→ 急な高血圧と腎機能悪化
→ 強皮症腎クリーゼ
という流れを理解することができます。
しかし最後の、
「強皮症腎クリーゼではACE阻害薬」
という知識は、きちんと覚えておく必要があります。
現在のEULAR推奨でも、強皮症腎クリーゼの診断時にはACE阻害薬を直ちに使用することが推奨されています。
ここに、
「理解できるところまで理解し、残った重要事項は覚える」
という学び方がよく表れています。
「病名を当てる」だけでなく、「何が起きているか」を考える
医師国家試験が終わったあと、この考え方はさらに重要になります。
実際の患者さんが、いつも教科書どおりの典型像を示すとは限りません。
診断基準を完全に満たす前の患者さんもいます。
複数の疾患の特徴が重なって見えることもあります。
時間の経過とともに病像が変わることもあります。
そんなとき、
「この患者さんは何病か」
だけで考えていると、病名が決まらないこと自体が大きな壁になります。
一方で、
「この患者さんの体の中では、今、何が起きているのか」
と病態から考える習慣があると、
病名がまだ完全に定まらない段階でも、
次にどの臓器を確認するのか、どの検査を考えるのか、といった思考を続けやすくなります。
本書で書いた「疾患ではなく病態と対峙する」という言葉は、まさにそのためのものです。
地図をつくる。残ったことを覚える。そして、地図を書き換える
この本の学び方を、私は今なら三つの段階で表したいと思います。
1.まず、全体を理解するための地図をつくる
2.地図だけでは導けない重要事項を覚える
3.新しい医学を学んだら、地図そのものを書き換える
医学の地図は、使いながら更新する
地図をつくる
病態・臓器・免疫の大きな関係を理解する
残った重要事項を覚える
皮疹・自己抗体・治療など、理屈だけでは導けない知識
新しい医学で地図を更新する
新しい研究・臨床経験で、線を引き直す
また学び直す
医学の地図は、完成させてから使うものではない
『Dr.前島の膠原病論』を出版したのは2022年です。
その後も免疫学やリウマチ学は進歩しています。
現在振り返ると、2022年の説明より複雑に考えた方がよい部分もあります。
一方で、当時「学習のための仮説」として描いた地図の中に、
今あらためて検証してみたい考え方もあります。
浅部/深部という臓器の整理も、その一つです。
私は、これは2022年版の考え方を否定することではないと思っています。
医学の地図は、完成してから使うものではありません。
まず一つの地図を持つ。
新しい事実に出会ったら、その地図のどこに置けるかを考える。
合わなければ、線を引き直す。
その繰り返しが、医学を学び続けることなのだと思います。
この本をどう使ってほしいか
本書では、膠原病の講義が始まるときや、
臨床実習・研修で膠原病患者さんを受け持つときに、
教科書で細部を学ぶ前に一度読んでもらうことを勧めました。
今も、この使い方が本書には合っていると思っています。
もし、
「まず何から整理すればいいのか分からない」
「覚えることが多すぎて、全体像が見えない」
と感じている方がいれば、
一度この本の「地図」を眺めてみてください。
すべての考え方に同意する必要はありません。
むしろ、
「この線は本当にそうだろうか」
「今の医学なら、ここは違うのではないか」
と考えてもらえれば、それでよいと思っています。
まず一つの地図を持って教科書を読む。
そして、自分で線を引き直していく。
そのための「最初の地図」として使ってもらうのが、
この本に一番合った読み方なのかもしれません。
書籍情報
『Dr.前島の膠原病論』
前島圭佑 著
中外医学社
2022年発行
医師国家試験問題について
本記事では、厚生労働省が公開している
「第115回医師国家試験 D63」
「第118回医師国家試験 D60」
をもとに、学習上必要な情報を要約・再構成しています。
正答は厚生労働省公開の正答値表で確認しています。
参考・出典
- 厚生労働省「第115回医師国家試験 D問題」D63
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/topics/dl/tp210416-01d_01.pdf - 厚生労働省「第118回医師国家試験 D問題」D60
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/topics/dl/tp240424-01d_01.pdf - EULAR recommendations for the treatment of systemic sclerosis: 2023 update
https://ard.bmj.com/content/early/2024/10/17/ard-2024-226430 - 厚生労働省「利用規約・リンク・著作権等」
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